【うつ病日誌】うつ病患者に止めを刺すのは家族

この記事をシェアする

スポンサーリンク

昨夜は発作もなく比較的楽に過ごせた。

家族の声が部屋に響いてこなかったのが大きい。

多分おとといの不安発作の時のうめき声がリビングまで聞こえたのだと思う。

家族はようやく苦しんでいることをわかってくれたのだろうか。

そう思いたい。

そもそも僕の家族は楽観的すぎる。

何かが起きてからじゃないと信じないし動かない。

僕が実家に帰ってきてから半年とちょっと、その間何度もやめてほしいことを伝えてきた。

何度もSOSを上げてきた。

しかし返ってくる言葉は

  • 「大丈夫」
  • 「気にするな」

大丈夫じゃないからやめてほしいと伝えているのに、気にしない努力をしてもダメだったから伝えているのに…。何もわかってくれない。

やめてほしいと言ったことを続ける家族。その度にやめてほしいと伝える僕。その度に「大丈夫気にするな」の返事。

そのうちに何も伝えることができなくなった。

「家族は僕の話を聞いてくれないんだな。会社も、医者も、カウンセラーも、みんな聞いてくれなかった。家族も一緒だったんだ。」

  • 地元に帰ってきた時、家族は親戚や近所中に僕が帰ってきたことを触れ回った。
  • 「気丈に振る舞うのが辛くて苦しいから地元の友達と遊べない」と伝えた時、家族は弟の友達を連れてきて積極的に僕と関わらせようとしてきた。
  • 家族は「大阪で仕事を探せ、大阪で働け」と何度も説得してきた。
  • 辛いことを話すと、両親の辛かった時エピソードが始まり僕の話はなかったことにされる。
  • 50歳の親に親が死んだ時、墓はどこにする、弟と一緒にこの家に住めなど話される。
  • 近所の人と話をさせられる。

日が経つごとに僕はおかしくなっていった。

一番最初に理性を失った時。母親の前で「やめて」と叫び号泣した。「やめて」の言葉もほとんど奇声だったと思う。

母親が返した言葉は「気にするな大丈夫前向きに行こう」

僕は「死なないとわかってくれないんだな」と思うようになった。

「死なないと話を聞いてくれない」

死んだら話せないのに、本当にこう思った。今でも自然にこの考えが頭に出てくる。

自殺に失敗した時、話を聞けばよかったと後悔する家族を想像して涙が出る。

自殺未遂を繰り返していることを家族は知らない。

ある日母親に「病院に行こう」と言われた。

この時僕は思い出した。東京で病院に通っていた時、母親が「病院通わずにとりあえず大阪に帰ってきたらいいねん」と言われたことを。

その母親が病院に行こうと言っているということは、「家族はもう僕に協力できない」と言っているように聞こえた。

「一人にしてくれ」と土下座して頼んで、今は20時間寝室で過ごしている。残りの4時間は、家族全員が仕事でいなくなる昼間で、風呂とトイレを済まし、ご飯を食べている。

とにかく家族と関わりたくない。

この生活を始めて1ヶ月が経った。

家族は部屋で一人で狂っている僕を知ってようやく大変なことになっていることを知り始めたのだと思っている。そう思いたい。

もしそうなのだとしたら、死ぬ前でよかった。

うつ病の人の家族や周りの人に伝えたい。

本人はSOSを出しています。どんな変化もどんな小さなことでも見逃さないようにしてください。

そして、話す時は精一杯何かを伝えようとしています。全力で理解しようとしてあげてください。しっかり最後まで聞いてあげてください。

手遅れになる前に。

以上。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告